ナイジェリアンドリーム
史上最年少のNFL選手誕生か
Football galvanizer
Sadao Goto
(TOUCHDOWN PRO2007年4月発売号より転載)
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NFL選手オフフィールド行為の統制へ 2007年4月10日、NFLコミッショナーのロジャー・グッデルは、頻発する選手の逮捕に対応して、厳しく改訂した選手の個人的行為に対する方策を発表した。統制を増加させ、教育的な支援を拡大することに焦点をあてている。この結果、2つの州から重罪で告発されているタイタンズのCBアダム“パックマン”は2007年度シーズンは出場停止となった。 (g)統制 (g)教育 |
史上最年少のNFL選手が誕生するのは間違いない。
4月下旬の大学ドラフトで上位指名まちがいなしとされる、ルイビル大のDTアモビ・オコイエである。現在19歳、しかし、フットボール優先のいわゆるアンダーグラデュエイトでのプロ入りではない。すでに心理学の学位は取得済み、成績優秀で学年を飛び越して卒業する、秀才フットボーラーである。ドラフト直前4月22日現在、DTとしての評価は第2位、一巡指名の可能性が高い。誕生日は7月10日、ドラフト祝いのシャンペンは、2ヶ月以上待たねば公式には飲めない。
6フィート2インチ、302ポンドとかっこうのDTタイプだが、彼の長所は爆発力と素早い機動性、体力と運動能力も高い。課題はプロには少し軽すぎる体重だが、まだ19歳、十分に成長は期待できる。
19歳でプロ入り、ということは16歳でルイビル大学入学ということになる。「いや、すごい才能だった」と振り返るのは当時のB・パターノ・コーチ(現ファルコンズ・ヘッドコーチ)。「最初の1週間の練習を終えた時、すでに彼は大学のナンバー2のDTだった」。1年生で大学最年少のプレーヤーとして13試合に出場した。スポーツだけでなく、学力の才能と努力も凄い。ナイジェリアでは2歳6ヶ月で小学校に入学、10歳の学力試験で好成績をあげ6学年をスキップ、12歳で高校に入学、両親と共に米国へ移住して来た。
小学時代は陸上走、中学ではサッカー、そして米国の高校でフットボールに出会った。兄と同じWRのポジションを要求したが、5フィート9インチで190ポンドだった彼はただちにDTに配置された。フットボール知識のないオコイエにコーチがマデンのコンピュータゲームを教材に与えるとそのソウトウエアのすべてを完璧に習得したとの逸話がある。高校4年で全アラバマ州一軍に選出され、ルイビル大にリクルートされた。
彼の両親がアモビに大きな影響を与えたようだ。アラバマで医療器械の扱う会社を経営する父のオーガスティンは、アモビの学習態度を賞賛した。「彼はまず熱心な聞き手だった」。母親はナイジェリアでは小学校教師、米国に移ってからは看護婦の資格取得の勉強中。医療が身近にあるためか、子供専用病院の建設がアモビの夢だという。
最後にあやまっておこう。史上最年少というのは、少し誇張だったかもしれない。正確には9月28日の以前の試合でプレーすれば、NFLとAFLが合併した70年以降の現代NFLでは、プレーした最年少の選手になる(97年ビルズのネールが、20歳と110日でプレーした記録がある)。
オコイエの名前で、マニアは87−92年チーフスで活躍したクリスチャン・オコイエを思い出すマニアも多いだろうが、あの『ナイジェリアンナイトメア(ナイジェリアの悪夢)』とは無関係。同じナイジェリア出身だが、ナイジェリアでのオコイエは米国でのスミスとかジョーンズと同じきわめて一般的な名前だそうだ。
この号の発売日には、彼の去就が決まっているはずだ。どんなニックネームがつけられるのだろう。私の推薦は『ナイジェリアンドリーム』だ。